寛解と完治はどう違うの?

うつ病ではよく、「寛解」という言葉が使われます。

この定義は曖昧なところもあり、一般的には、薬を服用しながらでも

社会生活を送れるようになった状態を、寛解というようです。

薬が完全になくなれば、「完治」ですね。

でも、私の中での定義は少し違います。

 

私は一度、完治しました。

けれど2年で再発。

原因はもちろんいろいろありますが、

私は最初の治癒は完治ではなく寛解だったのではないかと思っています。

薬は飲んでいませんでした。

でも、自分の中に「うつになる要素」があると自覚して生きていた、そんな時期でした。

薬を飲んでいないからといって、100%の安心感などありません。

何かきっかけがあればまたうつになる。

そんな思いがいつも心のどこかにありました。

 

「完治したい。寛解じゃイヤだ」。

そう思っていた頃もありましたが。

今は、寛解でも完治でも、どっちでもいいや、と思います。

それはただの言葉でしかないから。

 

薬を飲みつつ、時には体調不良を抱えながら、仕事に行く。

客観的には、けっして治ったとは言い難い状況でしょう。

だけど、もっともっとつらい時期がありました。

今の私は具合が悪くなっても、風邪をひいたくらいにしか感じません。

うつ病じゃない人だって、

いつも健康そのものというわけではないだろうから。

具合が悪いのなんて、誰にでもあること。

それについてる病名が、たまたま私の場合は「うつ病」だっただけ。

そんな風に思えるようになりました。

 

一般的には「寛解」と呼べるのかもしれない、今の私の状態ですが。

具合が悪くなって、ひどい時には自分を責めたりもします。

消えてなくなりたいと思うこともあります。

それでも仕事は休まず、働いています。

これが寛解なのか完治なのかどちらでもないのか。

それはあまり重要なことじゃないんです。

言葉に振り回されるのはやめませんか。

 

私は「薬を飲まなくても生活できる状態」を目指しています。

それを何と呼ぶかはどうでもいいことです。

そうなった時にも再発の恐れはありますが、

それも今思い悩むことではありません。

 

今よりも体調がいい日を目指しましょう。

それに何と名前をつけるかは二の次で。

大切なのは、良くなっていくこと。

言葉に惑わされて余計な不安を抱えて生きるなんて、

もったいないと思いませんか?

コメントを残す

サブコンテンツ

このページの先頭へ